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「あ……」
1冊の本を手に持ったまま、みなとは床にぺたんと座り込んだ。彼女の周りには、いくつものダンボールと詰めかけの引っ越し荷物、そしてあたたかすぎる春の陽射し。春というのは、なにかと危険な季節である。ぽかぽかと太陽に暖められてしまうと、ついつい手の動きが止まってしまい、ヘタをすると居眠りをしていたりもする。
そんなアブない環境で、みなとは引っ越しの準備に大あわてなのであった。みなとはこの4月から、コンピューター関係の会社で働いている。それも大手の西内電機――の子会社である。
本来なら、4月1日から会社の寮(といっても、会社が借り上げたアパート)に入る予定だったのだが、リフォームに手間取り、ようやく明日10日遅れの入居となったのである。とはいっても、元々荷物は少ないし、すぐに終わるだろうと思っていたものだから、次々と出てくる懐かしいものに手を止め続け……予定した時刻に、荷造りは終わりそうになかった。
「まさか、いまごろ出てくるとは、ねぇ……」
なつかしそうに、みなとはパラパラとページをめくった。
文庫本やコミックスが大半を占めるみなとの数少ない蔵書の中で、唯一異彩を放っている、新書サイズのハードカバー。表紙には、胸元で小さく手をふる少女。ちょうど顔のところで、写真は切られている。
――この娘は、どんな表情、してるんだろう。
髪を束ねていたゴムをはずして、みなとはしげしげとその本をみつめた。
その本は、由紀彦から借りたものだった。
確か、半年ほど前だった。そのときみなとと由紀彦は、学校の帰りに本屋に立ち寄った。その時に由紀彦が購入した本だった。お気に入りの作家の新刊で、駅までの帰り道で、由紀彦はずいぶんとその作家についてしゃべっていたのを、みなとは覚えている。そのときに、
「今度貸してね」
とみなとが言ったら、
「じゃあ、貸してやるよ」
と、由紀彦は買ったばかりのその本を、みなとに手渡したのだった。
それから半年。借りていたこともすっかり忘れていたこの本が、このタイミングで出てくるなんて……。
由紀彦は、先月までみなとの同級生だったオトコ。二人の関係は、単なるオトコ友達……だとみなとは思っていた。つい1ヶ月ほど前までは。
その本を手に取ったまま、みなとはしばらく考えた。
このままずっと、預かったままにしておくというのが、ひとつ目の選択肢。そして、ちゃんと返すというのが、ふたつ目の選択肢。
「イイワケが、できてしまった……」
つぶやくと、大きく息を吸って、みなとは手元の携帯電話を手に取った。
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